真備の笑顔のために

まちづくり推進協議会に聞く二万地区の様子Vol.2 〜大きな被害がない二万で続いた被災者支援〜

2023年3月31日

二万 活動報告

平成30年7月豪雨災害から4年半が経ちました。真備のなかでも二万地区は大きな被害がなかったものの、被災者を受け入れ避難所などでの支援を続けてきました。

 

「災害直後は混乱していたのに、大きなトラブルはありませんでした。辛抱してくれたのかなと、感謝しています」

 

そう話すのは、二万地区まちづくり推進協議会(以下、まち協)会長の神崎均(かんざき ひとし)さん。のちに設置された仮設住宅当初の運営に関わり、令和4年9月末まで被災者とのお付き合いを続けていました。

 

継続的な支援が終わり「ほっとしている」と話す神崎さんに、災害発生後の変化や新たに取り組んだことなどを聞きました。

 

災害後は、仮設住宅の運営を手伝う

災害後は、仮設住宅の運営を手伝う

 

―他の地区から被災者が多く避難した二万。神崎さんはどのように被災者と関わっていらっしゃったのですか?

 

神崎:
仮設住宅に住む人たちとのお付き合いをしていました。「自主運営をするにはどうするべきか、手伝ってほしい」と行政から声が掛かりまして。二万地区の社協とまちづくりの面々で、避難された皆さんと顔を合わせ、挨拶するところからのスタートでしたね。

 

まず、6棟ある仮設団地を2棟ごとに一人の連絡員を決め、3人の連絡員の内1人を連絡責任者にして、何かあれば私か事務局長と連絡を取り合い対応することだけを決めスタートしました。

 

色々なことをしましたよ。仮設団地内の桜で花見をしたり、団地の談話室でカラオケや居酒屋をしたり、まちづくりのイベントにも参加してもらいました。コロナ禍となってからは、活動を縮小しましたが、談話室前に花壇を作って花を咲かせたり、各家でトマト栽培もしたりしました。また、団地内の草刈りや清掃も、まちづくりと合同で実施していました。皆さん、しんどかったと思うけど、心静かに過ごしていました

 

仮設の方から、散歩をしていたら近所の方が気軽に声を掛けてくれたんです。「二万に避難してきてよかった」と言われたときには、嬉しかったですね。

仮設住宅に住む最後の1家族も、2022年9月末に新居に移られました。10月頭から団地は閉鎖され、コミュニテイー広場へと復旧工事に入ります。今は本当にほっとしています。

 

まちづくり推進協議会に聞く二万地区

 

まち協の連絡会が、他の地区との繋がりをつくる

―継続的な被災者支援を行うなか、変化したことはありますか?

 

神崎:
真備の他の地区との繋がりを強くできたことです。とくに、避難所がある岡田地区と薗地区とは色々とやりとりをしていました。

 

まち協には「連絡会」というものがあります。災害発生時はたまたま私が会長をしていたものですから、連絡を取り合うようになりました。避難所の状況とか物資支援や炊き出しなどの情報交換など、各地区の会長同士が仲良くなれて、協力し合えたのはよかったです。
「連絡会」という存在は心強く、役に立ったなと思います。

 

行政に支援を要望。災害後の活動に活かす

 

―各地区で連携しながら、災害を乗り越えようとされていたのですね。

 

神崎:
連絡会の会長だったから、行政に活を入れたこともあったんですよ。「みんながんばっているけど活動資金が無い、なんとか知恵を出して支援を考えてほしい」とね。

 

そうしたら災害支援の前例を色々と調べてくれて、JR西日本の基金を申し込んでくれました。その後、各地区に活動資金が届いたんです。もう、頭が上がらないなと思いました。

 

二万まちづくりは年会費を例年通り集められるので、半分だけいただきました。その支援金のおかげで、仮設に住む皆さんとのイベントを楽しむことが出来ました。最後の1人までお付き合い出来て、本当にありがたいことでした。

 

二万地区

 

―災害を経て、新たに取り組んだことはありますか?

 

神崎:
いただいた支援金の一部で、防災講習会を計画していましたがコロナ禍で出来ず、避難所での体験から災害備品を購入させていただきました。マットやレスキューシートなどを買って、保育園跡の倉庫に保管しています。

 

今では倉敷市によって避難所や二万分館に大量の備品が用意されたので、「少し先走り過ぎたかな?」と思っています…。

 

みんな最後までようがんばった

神崎均(かんざき ひとし)さん

 

―二万で避難生活をしていた方々へ、メッセージをお願いします。

 

神崎:
大変な状況だったのに穏やかな人たちでした。仮設住宅には住まずに二万を出られた人も、出て行きたくても出られなかった人も、最後までよくがんばったと思います。

 

災害直後は混乱していたのに、大きなトラブルはありませんでした。辛抱してくれたのかなと、感謝しています。「二万に避難できてよかった」と思ってもらえていたら嬉しいです。
またいつか、街角ででもお会い出来ればと思っています。