河川事務所の所長・前所長に聞く、マイ・タイムライン作成と普及活動の道のり ~地域のみんなで避難する、真備ならではの防災意識とは~
全地域 活動報告
平成30年7月豪雨災害から4年半が経ちました。甚大な被害を受けた倉敷市真備地区では、当時の経験を踏まえてさまざまな防災への取り組みが行なわれています。
ハード面では真備緊急治水対策プロジェクトが進む一方、ソフト面で取り組んでいるのはマイ・タイムラインの作成です。作成の支援には、国土交通省 中国地方整備局 高梁川・小田川緊急治水対策河川事務所(以下、河川事務所)が携わっています。
そもそもマイ・タイムラインとは、どのようなものなのでしょうか。前所長の桝谷有吾(ますや ゆうご)さんと現所長の濱田靖彦(はまだ やすひこ)さんに話を聞きました。作成・普及活動の過程や、真備ならではのマイ・タイムラインの特徴にも注目です。
真備のマイ・タイムラインの軸は、地域のみんなで逃げること
―真備の各地区で作成が進んでいるマイ・タイムラインとは、どのようなものですか?
桝谷:
マイ・タイムラインの始まりは、平成27年に茨城県常総市で大きな被害があった鬼怒川の決壊でした。当時、現地の河川事務所と地域が協力し合って、避難のタイミングをしっかり知っておくために作成したのがマイ・タイムラインだったのです。
真備でマイ・タイムラインの作成が始まったのは、災害から1年くらい経った頃だと思います。真備以外の場所に避難していた方々が真備に戻る話が本格的に出てきていて、もう一度真備で暮らすには避難の仕方を知っておかないといけないと思う方が増えていました。常総市のような取り組みを真備でもやろうと思い、まずはイベントを開いたのを覚えています。
―いわゆる一般的なマイ・タイムラインと、真備のマイ・タイムラインとの違いはありますか?
桝谷:
大きく違うのは、避難する方法です。一般的なマイ・タイムラインは1人で逃げる前提で作られていますが、高齢の方や障がいのある方などは、1人で逃げることが難しい。平成30年7月豪雨災害では、真備で水害で亡くなられた方の約8割が高齢の方・障がいのある方でした。真備版のマイ・タイムラインは「地域のみんなで一緒に逃げるにはどうすればいいか」という視点が特徴的だと思います。
避難のキーとなるのは、1人では逃げるのが難しい方を支援する側が、ネットワークを作ることです。支援する側とは、例えば隣近所に住む方、ケアマネジャー、介護施設を管理している方などを指しています。支援する側の関係を構築して、できる範囲で構わないので声を掛け合うとか、連絡し合うとかをしていくのが大切だと思っています。
ネットワーク作りのために、本人と支援する側が集まる場を
―真備では、どのようにマイ・タイムラインを作成していますか?
桝谷:
作成を始めた当初は、地域の方と高齢者支援センターの方に河川事務所に来ていただき、高齢の方や障がいのある方と避難することの課題を聞きました。その後、作成するときの雛形やマニュアルを作りながら進めましたね。
マイ・タイムラインを作るのは支援する側のみなさんですが、それ以上に大切にしているのはご本人の意見を無視しないことです。ご家族や支援する側の方々に一同に集まって、どうやって避難していこうか話をする場を設けました。
印象的だったのは、「避難したくない」とおっしゃる方が多かったことです。理由を聞くと、みなさん口を揃えて周りに迷惑をかけてしまうと言われました。だから「避難しても迷惑ではないし、むしろ家に残っていた方が家族にとっては不安で心が休まらないから、一緒に逃げよう」と話して、ご本人に理解してもらう。いざという時はご本人の意思に左右されるので、避難をしようという気持ちになっていただくのが大切だと思っています。
なかにはご家族が離れて暮らしている方もいます。その場合も、できるだけ離れているご家族にも来ていただき、一緒に話をすることを心がけていました。これが支援する側のネットワーク作りです。ご本人を中心に、みんなで声を掛け合える関係構築をする。マイ・タイムラインを作成したときにしっかり機能するために大事なのは、やはりここかなと思います。
濱田:
マイ・タイムラインを「作る」ことが目的になりがちですが、ご本人を含めて支援する側の方もみんなで顔を合わせて話をするのが非常に重要なんだと思いました。1回ではなく、2回、3回……と行うことで、それぞれの思いを知るきっかけになりますから。
現在も、地域の方から要望があればマイ・タイムラインについて説明する出前講座をしたり、作成支援をしたりしています。各地区の民生委員さんがご高齢の方や障がいのある方のリストを持っているので、みなさん同士で声を掛け合っていただいた後に相談を受けることが多いです。
支援する側は、できる範囲でやればいい
―マイ・タイムラインを作成するうえで、課題に思うことはありますか?
桝谷:
大変だと思うのは、顔を合わせる場に支援する側の人を集めることです。
家族は、少なくとも避難させたいと思っている。ご本人も、避難したくないと言いつつ本音は避難したい。でも、家族以外で周りにいるみなさんは、自分が支援することを義務のように感じる方が多いんです。「万が一、一緒に逃げられなかったら自分の責任になる。そう思うと参加できません」とおっしゃる方がいます。
僕たちがお伝えしたいのは、そうではないということ。ある意味責任を持たない範囲でいいので、できること、できる範囲で協力してほしいとお伝えするようにしています。みなさんを集めることについては行政が声を掛けても、いざとういう時に機能しないと思っているので、地域の方で取り組んでいただくしかありません。地域コミュニティが強い真備だからできていることだと思いますが、まだまだ課題はあるなと思います。
濱田:
実際に現在も、地域の方から課題に思う声が挙がっています。ネットワークを作る、もう一つ前段階のきっかけを何かできないかと思い、まずは動画を作ってみようと動き始めたところです。
普及活動も、真備のみなさんのアイデアから
―マイ・タイムラインの普及はどのように行っていますか?
桝谷:
真備のみなさんの声を聞きながら、動画や漫画などのコンテンツを作って普及をしてきました。普及するアイデアを提案してくださる方が多かったので、一つひとつの声を形にしたらコンテンツの数が増えていきました。
―マイ・タイムラインに沿って避難訓練も行っていますよね。
桝谷:
はい。箭田で行った避難訓練はとくに、僕の印象に残っています。これも地域が主体的に実施した取り組みです。
当日は僕ともう一人の職員が支援する側の役になって、おばあちゃんの家に行き、ご家族と一緒に逃げるシナリオでした。前日には、ご本人も「避難する」と言っていたんです。ところが当日家に行ったら避難訓練のことは全く覚えていなくて「私は避難しない」とおっしゃったんですね。結局家で1時間くらいおばあちゃんと雑談して、そのまま終わりました。
机上考えていることと、本番が全く違うことを痛感し、どうやったら本番で避難をしてもらえるか、さらに本気で考えるキッカケになりました。
濱田:
認知症の方とどのように避難するか考えるために、そもそも認知症の方はどういう考えを持っていて、どのように接したらいいのかを演劇で演じてみて感じるワークショップにも参加しています。河川事務所の職員も、俳優として参加しています。
桝谷:
地域の方から「〇〇をやりたい」と声が挙がるのは、真備のいいところだと思うんです。マイ・タイムラインも形があってないようなものなので、みなさんがやりやすいように進化していったらいいなと思います。
住民同士、声を掛け合えるゆるい繋がりを続けて
―最後に今後のマイ・タイムラインの活用について、真備の方へメッセージをお願いします。
桝谷:
これからも、住民同士の繋がりをゆるく続けながら活用してほしいなと思います。
外から真備に来て思ったのは、お祭りなどのイベントが非常に多いということでした。昔のような隣近所の人との距離感もいいけど、みんながゆるく繋がれる場所があるというのも、万が一のときに助け合えるので良いと思います。人と人との繋がりが魅力的なあたたかい真備が続いていってほしいと思っています。
濱田:
マイ・タイムラインができたから、または小田川合流点付替え事業が終わったからといって、絶対に安全であるとは言えません。「もう川の水が溢れることはないだろう。逃げなくてもいいだろう」という声をごくたまに聞くことがあって、少し心配だなと思っています。
一方で、万が一のときは避難しようと思う方も多いです。引き続き、隣近所で「逃げよう」と声を掛け合えるような地域になっていってほしいと思います。